携帯各社の対ドコモ戦略(通信アナリスト、島田雄貴 2005.07)

ソフトバンクとイー・アクセスが携帯電話に参入へ

2006年--ケータイ市場を2つの衝撃波が襲う。12年ぶりの「新規事業者参入」と、日本でも始まる「番号ポータビリティ制度の導入」だ。この衝撃波を利用して、2番手勢力のauや新規参入組が狙うのは、斯界の雄・NTTドコモのシェアだ。規制の外からは、あのライブドア・ホリエモンまで参戦を表明。事態は風雲急を告げている。“ドコモ城”は、これまでにない挑戦にさらされる。通信アナリストの島田雄貴が携帯電話の戦後時代をリポートする。

ドコモの中村社長の“おそれ”はオドケ?

「うちには携帯電話しかないんだからね。あそこにヤフーBBとのセットで携帯電話を配られたら、それはかないませんよ」

国内携帯市場で過半のシェア、4942万もの契約を誇る圧倒的王者のNTTドコモ。豊饒の地の城を守る中村維夫社長が「かなわない」と警戒する相手は、携帯電話事業への早期参入を目指すソフトバンク--まだ携帯電話については何の実績もない新規参入希望者--である。

パブリックコメントでソフトバンクを警戒

6月3日、総務省は1・7ギガヘルツ帯の周波数割り当てを行うに当たり、「新規参入事業者を最大2社認める」とした。この方針案を受けて寄せられた既存事業者のパブリックコメント(意見書)には、新規参入事業者に対する警戒感があからさまに記されている。

現在、第3世代携帯電話事業への新規参入を表明しているのは、固定電話を用いた高速インターネット接続=ADSL(非対称デジタル加入者線)サービス大手のソフトバンクとイー・アクセスの2社。ところが、ドコモ、KDDIの意見書を見ると、意識している相手は、明らかにソフトバンク1社だ。

4期連続の赤字

ドコモは意見書の中で、新規参入事業者を決めるに当たっては、「継続的な財務体質の健全性の確保やユーザー利益の保護等を比較審査の基準とし、厳格に審査すべき」と注文した。ソフトバンクは4期連続の赤字決算。過去4年の累計赤字は約3500億円にもなる。「継続的な財務体質の健全性」などない。

ベンダーファイナンス
KDDIの意見書はもっと踏み込んでいる。「昨今ベンダーファイナンス等資金調達方法が多様化しておりますので、財務状況の評価にあたっては、これらが財務指標に与える影響も踏まえて行うことが必要」と記している。ベンダーファイナンスを用いると、通信機器メーカーから後払い方式で通信機器を調達できるため、見た目の初期コストを抑制できる。そのベンダーファイナンスを大々的に用いて事業化すると公言しているのが、ほかならぬソフトバンクなのだ。

ADSLの悪夢

既存事業者には、かつてソフトバンクが仕掛けたADSLにおける低価格攻勢の記憶がよみがえる。採算度外視でタダで携帯端末をバラまくのではないか--。市場をめちゃめちゃに荒らすのではないか--。しかし、特別な警戒を受けるソフトバンクの孫正義社長は意に介する様子はない。「既存事業者がいちばん嫌がる企業が参入してこそ、競争の促進になるんです。いちばん嫌がられているのはどこか?みんなわかっとるでしょ」と笑い飛ばす。

孫正義が壊す「仲良しクラブ」

幻のボーダフォン買収

一刻も早く携帯電話市場に参入したい孫社長は2004年、得意技であるM&Aによって市場参入を検討した時期がある。「ドコモを含む全事業者をシミュレーションしたが特に真剣に検討したのがボーダフォンだ」(ソフトバンク幹部)。ボーダフォンは、かつては日本テレコムの一事業部門。2004年、ソフトバンクが日本テレコムを買収したこともあり、検討は自然な流れだった。

ところが、買収計画は幻に終わった。「ボーダフォンを買うには現在のキャッシュフローを前提に1兆5000億円もの巨額の投資が必要。しかし、携帯電話事業はこれからどんどん儲からなくなるから、1兆5000億円も払ってしまえば永遠に元を取れない。5000億円ならば買えるが、それでは先方は売らないだろう。だったら一から始めるしかない」(前出幹部)。

右肩上がりの終焉

確かに携帯電話ビジネスが「儲からなくなる」兆候は表れている。ドコモ、ボーダフォン、KDDI(au、ツーカー)の3グループ合計の営業利益は2003年度実績で1兆5437億円。それが2004年度には1兆2336億円と減少に転じた。

これまでの携帯電話市場は、急成長するマーケットを数少ない事業者で分け合う業界構造の特性から、低シェアの事業者であってもユーザー数成長、売り上げ成長、利益成長の恩恵を享受できた。金持ちケンカせずの言葉どおり、仲良しクラブのような性格もあった。

しかし、国内の携帯電話の加入者数はすでに新規加入ペースは大幅に鈍化した。右肩上がりの時代は終わった。新規参入以前にも、既存事業者間のシェア争いが激化し、優勝劣敗がハッキリしつつある。

新規契約の伸びが止まる中で売り上げ成長を確保するためには、他社から顧客を奪うか、新サービスによりユーザー1人当たりから受け取る利用料収入を引き上げていくしかない。サービス競争に乗り遅れれば、他社から顧客引き抜きを食らい、ジリ貧に苦しむことになる。

“歯止め”が消えてユーザーが大移動

マーケットの曲がり角で、特に元気を失っているのがボーダフォンだ。2005年1月から5月まで5カ月連続でユーザー数純減に見舞われ、2005年6月末のシェアは17・0%。1年前の2004年6月末と比べて1%以上の減少だ。2005年3月決算は営業利益が1580億円と前期比で10%以上の減益となった。

番号ポータビリティ(NMP)の導入

それでも、今のところはユーザーの大量流出に対する“歯止め”がある。現在の仕組みでは、電話番号は事業者ごとに割り当てられた固有のもので、事業者を変えると電話番号も変わってしまう。そのため、多少、サービスに不満があっても事業者を変えずに我慢するユーザーが多い。

ところが2006年後半、その歯止めが消える。番号ポータビリティ制度の導入により、使っている電話番号はそのままで、事業者を変えることができるようになるからだ。

auの両角寛文取締役(もろずみ・ひろふみ)

新規事業者の参入、そして番号ポータビリティの導入。携帯電話事業をめぐる競争環境は2006年、この二つの政策変更によって様変わりしようとしている。

新しい“戦場”で、勝ち残るのはいったい誰か。二番手、三番手の既存事業者か、新規に免許を受けた者なのか。それとも6割超の絶対シェアを誇る王者が、挑戦者たちを返り討ちにするのか。ライブドアを筆頭に、無線LANによる“ゲリラ戦”の火の手も上がり始めた。

au事業を率いる両角寛文・KDDI取締役は言い切る。「ここが勝負どころ。2006年は徹底的にやる」--。まずは、好調auのドコモ城攻略作戦から見ていこう。

“ケータイ戦国化”を読み解く4つのキーワード

番号ポータビリティ
ユーザー大移動の起爆剤

ドコモ、au、ボーダフォンなどの通信事業者は、特定の電話番号を割り当てられている。そのため、通信事業者を変える際、ユーザーは電話番号の変更を余儀なくされる。その不便さをなくす電話番号を持ち運べるシステムが「番号ポータビリティ制度」だ。海外では、2000年から欧州各国が導入済み。米国でも2003年、韓国でも2004年に同制度が導入されている。日本でも2006年後半をメドにスタートすることが決まっている。

これにより2006年以降はサービス内容を比較して、通信事業者をまたがった携帯電話の買い換えをするユーザーが増えるなど顧客の流動化が予想される。通信事業者間で通話料金の引き下げなど価格競争が激化することは必至。ただ、メールアドレスは変更しなければならないため、必ずしも使い慣れた環境をそのまま維持できるわけではない。「欧州ではあまり顧客の流動化が起きず、米国は導入1年で業界1位のベライゾンがさらにシェアを増やした」(情報通信総合研究所・グローバル研究グループの岸田重行主任研究員)。前例はさまざま。必ずしもシェア激変が起こるわけではない。

新規事業者参入

12年ぶりのビッグバン

電波を管轄する総務省は、携帯電話事業の競争促進と周波数有効利用を目的として、1.7ギガヘルツ帯の周波数を最大2社の新規参入者、2ギガヘルツ帯を新規参入者1社へ割り当てる方針を決めた。なお、2000年に実施された第3世代用携帯の周波数割り当てには、新規参入は現れず既存事業者だけで分配されている。

「まだ高い」と千本倖生イー・アクセス会長

今回、周波数の割り当てが認められると、1994年のデジタルホングループ(現ボーダフォン)、ツーカー以来12年ぶりに携帯電話事業への新規事業者が誕生することになる。割り当て先企業は年末にも決定する予定だ。1.7ギガヘルツ帯の新規参入に名乗りを上げているのはADSL(非対称デジタル加入者線)サービス大手のソフトバンクとイー・アクセス。2ギガヘルツ帯は高速データ通信専用になると見られ、アイピーモバイル、PHS事業者のウィルコムなどが参入を目指している。

「日本の携帯電話料金はまだかなり高い」とイー・アクセスの千本倖生会長は言う。新規参入者は、既存業者より割安な価格体系を打ち出してくると見られ、既存3グループを含めた8兆円市場の熾烈な顧客争奪戦がまもなく勃発する。

MVNO

イー・アクセスが参入表明

モバイル・バーチャル・ネットワーク・オペレーターの略。仮想移動体通信事業者という意味で、携帯電話やPHSなどの移動通信ネットワークインフラを持つ通信事業者(MNO=モバイル・ネットワーク・オペレーター)から、一部のネットワークを借り受け、独自サービスを提供する事業者のこと。欧米では数多くのMVNOが事業を展開しており、英国ではヴァージン・モバイル、BTモバイル、テスコモバイルなどがある。電波は限りのある資源であり、周波数の割り当てを受けられる通信事業者の数は数社に限られている。そのため、競争政策上、一定条件の下でMVNOに対する周波数開放を義務づけている国もあるが、日本では開放義務はない。

新規参入に手を上げているイー・アクセスは周波数割り当てを受けた場合、MVNO事業者に対して回線を積極的に貸し出すことを表明。また、既存事業者では回線に余裕のあるボーダフォンが、同様の姿勢を明らかにしている。ちなみに、法人向けデータ通信ではすでに日本通信がウィルコムのPHS網や公衆無線LAN網を利用してMVNO事業を国内展開している。

FMC

フィックスド・モバイル・コンバージェンス

フィックスド・モバイル・コンバージェンスの略。固定電話と携帯電話の統合・融合という意味。料金の統合請求サービス、1台の端末で固定・携帯の両方を利用できるサービス、同一のアプリケーションを固定と携帯の両方から利用できるサービスなど、さまざまな形態がある。2004年7月には英BT、NTTコムなど通信事業者が集まり、「FMCアライアンス」を結成している。

携帯端末「N900iL」
ドコモの金井博美ソリューションビジネス部・企画担当部長

KDDIでは2005年4月にFMC推進室を新設し、5月から固定と携帯の料金を一括した「KDDIまとめて請求」をスタート。ドコモでは2004年11月から法人向けに、携帯電話と無線LANを通じた固定IP電話が1台で使える携帯端末「N900iL」を投入。大阪ガスなどすでに導入実績は50社を超し「引き合いが強く、7月からは組織を強化する」(ドコモの金井博美ソリューションビジネス部・企画担当部長)という。7月12日の定例会見で和田紀夫・NTT社長は「FMC導入」を強調した。FMCは表面的なサービス統合にとどまらず、究極的には基幹ネットワークの統合も意味するだけに、NTT再編をも占うキーワードである。